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物語
朝。
昨日にも増して空気は冷たい。
そのうち雪でも降るのだろうか、この国にも。
私たちが生まれ育ったあの国では、冬になるたびに雪が降ることは当たり前だった。
それこそ、今くらいの季節になれば。雪が止む日のほうが珍しいくらいだっただろう。
二人で飽きることなく駆け回っていたあの岬にも……
絶え間なく舞い落ちる雪が作り出す、目の前を覆いつくすような白の幕。
それが海に触れ落ちた先から、黒い水面に吸い込まれるように溶けて、消えていく。
次々と生まれては消えていく無数の雪。
いくら海に飲み込まれても尽きることのないその白さ。
そんな、終わることのない繰り返しを眺めるのが好きだったこと、時間を忘れて見入っていたことを思い出す。
きっとあなたもあの光景が好きだったのだろう。
私たちがこの鉄と石の国に辿り着き、暮らしはじめてから何年が過ぎただろうか。
これが何度めの冬になるのだろうか。
石の町の地面に雪が降る光景を見たことは、一度も無い。
ああ、ただでさえ冷たく沈黙したようなこの石の町に冷たい雪が深々と降り続く光景は。
それは、どんなに美しい眺めなのだろう。
それとも、それはどこか恐ろしい光景として目に映るのだろうか。
どちらにしても一度は目にしてみたい、そう思った。
あなたとも何度かそんな話をしたことがあった。
その度に私たちは空想の雪の冷たさに震え……
それから、現実の暖炉の温かさを思い出し、ほっと息をつき、最後は決まって故郷の思い出話に花を咲かすのだった。
ほら、どうだろう。私たちはまだあの場所を忘れられずにいる。
いまだに心はあの場所を旅立てずにいる。そんなささやかな不安に胸を痛める。
ふと思う。
私たちはこの町に受け入れてもらうことができているのだろうか。
この石の町ではいつも、様々な人たちとすれ違いながら日々を過ごしている。
迷路のように思えた狭い路地。互いに違う場所を目指しながらも道を譲り合う。
服の裾が触れ合うほどの距離、ほんの一瞬、その人の家のにおいが鼻をかすめる。
言葉を交わすことも無い、一瞬のふれあい。
それから冷たい風が石の壁の合間を吹き通り去ってゆく。
ああ、こうして季節は冬の寒さを教えてくれるのだ。
黙っていても年月は過ぎ去っていく。
故郷の町での、隣人との何気ないやり取りが懐かしく思い出される。
あなたはもうこの町で、慣れない異国の言葉を使いこなせるようになったのだろうか。

「私たちと同じように、別の国からここへ移り住んできた同士が見つかればよいのに。
 そうすれば、この心細さも少しはやわらぐのかもしれないから」

二人でそう話していたことも、今となっては遠い昔のことのよう。
どこからともなくやってきた一枚の枯れ葉が、風に吹かれてまたどこかへと姿を消す。
こうも物思いに耽って時間を忘れてしまうのは私の悪い癖だと、
そうあなたに叱られた思い出がまた懐かしく、ついまた足を止めそうになってしまう。
さあ、もう家に帰らなければ。気を持ち直して周りの景色を視界に写す。
冬の空気に温度を奪われ、沈黙したままの石畳。
薄淡く弱々しげな日の光が、狭い路地の壁をかろうじて片側だけ照らしている。
なぜだか分からないまま、私の心はそんな風景に安らぎを覚える。
それに気づいた時、ああ、ようやく……
ようやく、この町の空気に自分の心が馴染んだのかもしれないと、そう感じた。
ふと見上げると、洗濯された白いシーツが風に揺られている。
窓から顔を出した住人と目が合い、束の間、微笑みを交わし合う。
次第に暮れていく石の町に足音を響かせ、私は少しだけ早足で家路につく。
ふと目を覚ます。
大人になっても、寒い夜はどうしても苦手なままだ。
眠れないまま長い夜を過ごした記憶。
思い出すたび、その記憶そのものがまた私の眠りを妨げる。
ベッドから出た矢先に体温は奪われていく。
寒さに耐えつつ灯かりを探し、かすかに震える手でカーテンを開ける。
沈黙したような暗い石の町の風景。
時計に目をやると、もう夜明けが近いはずの時間を示していた。
ああ、もう朝なのだ。
知らないうちにずいぶんと日の出の時間が遅くなっていた。
私は急いで着替えをすませると、玄関の戸を開けて外に出る。
まだ暗いままの町並み。静まり返った冷たい空気。
でも、朝だと思えばもうそれほど怖くはない。
ひと呼吸するたびに身に染みる冷気は、かえって気持ちを引きしめてくれるようだった。
あとはもう明るくなるだけなのだ。
たとえ別の季節に比べれば寒く、またすぐに日が落ちてしまう一日だとしても。
これから一日が始まる。そう思うだけでもじゅうぶんに心が安らいでいくのを感じる。
今日は、別の家に引っ越していったあなたと久しぶりに会う約束をしていた。
それまでにしっかり目を覚ましておかなければ。
私の足は自然と展望台の丘の方へと向いていた。
狭い路地から伸びる石造りの怪談を一歩ずつ上っていく。
ほんの少しずつ、周りの風景が明るくなっていくのを感じる。
もうすぐ、新しい季節を迎えるための祝祭の日がやってくるだろう。
そのための準備に誘われていたことをぼんやりと思いだす。
いつも楽しみにしていたふるさとのお祭りにも似た石の国の祭典。
お菓子作りの材料を買っておかなければ。
急な石段を、不思議なほど軽快に歩を進めていく自分の足どり。


私たちは新しい暮らしを求めてこの国へやってきたけれど、
いつまでも故郷のことを忘れることはないだろう。
この町の一番高いところから遠くに見える海。そこにさえ、私はふるさとの面影を見てやまない。
きっとそれでいいのだと思う。
まだ薄暗いままの町とぼんやりした空。
朝を告げる鳥の群れの鳴き声が遠くから聞こえてくる。
絵と音楽

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